国・地域未確認 · 男子・一般
ボブ・ファーガソン
Bob Ferguson
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
マッセルバラで8歳からキャディーとして働いたプロ。18歳の大会では借りたクラブで強豪を破り、賭け試合でもオールド・トム・モリスに繰り返し勝った。
1880年から全英3連覇。グリーン外からもパターを使う技術に優れ、1883年も4連勝へ迫ったが、ウィリー・ファーニーとの36ホールの延長戦に敗れた。
豪快なアイアンと巧みなパットを持つ一方、人柄は物静かだったと大会公式が記す。腸チフスの後遺症で競技生活が制限され、その後は地元のキャディーやコース管理の仕事に戻った。
生涯成績
PGA TOUR認定通算3勝。男子メジャー3勝。1880〜1882年に1種類のメジャーで優勝。
- PGA TOUR認定通算
- 3勝
- 男子メジャー通算
- 3勝
- メジャー優勝大会の種類
- 1大会
公式資料の確認日:
ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。
メジャー優勝の内訳
- 全英オープン · 3勝
- 1880年、1881年、1882年
PGA TOUR認定通算は2026年公式メディアガイドの歴代一覧に基づきます。ツアー創設前やアマチュア時代の認定勝利を含むため、当時の所属ツアーやプロとしての勝利数を示すものではありません。メジャー通算とは重複するため合算しません。
メジャーでのキャリア
1880年の全英オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1882年の全英オープンまでに通算3勝を挙げた。
大会ごとの実績
最多優勝の大会は全英オープンで3勝(1880・1881・1882年)。優勝したメジャーは1種類。
全英オープンでの連覇
1880〜1882年に全英オープンで3年連続優勝。同じ大会での継続した実績も年別優勝記録で確認できる。
公式記録に残る通算勝利
PGA TOURの公式歴代勝利一覧では通算3勝と認定されている。歴史上の大会を遡って認定した記録を含み、世界各地の全大会を合計した生涯総勝利数ではない。
キャリア年表
ゴルフ史でたどるキャリア
3周目の37打。アンダーソンの最初の全英。
ジェイミー・アンダーソンは前半を82打。ボブ・ファーガソンら80打で回った選手に2打差をつけられていた。舞台は9ホールのマッセルバラ。残るのは、あと2周だった。
1877年のゴルフ史を読む →地元のファーガソン。パターの名手が王者に。
ボブ・ファーガソンはマッセルバラで育ち、8歳からこのコースのキャディーをしていた。この全英では序盤の2番で球が道路へ行き、電柱にも当たって8打。それでも最初の9ホールを40打で回った。
1880年のゴルフ史を読む →最後まで回ったのは8人。嵐の全英。
前年王者ボブ・ファーガソンは、最初の12ホールを53打で回った。2周目は60打、最後は57打で、合計170打。ジェイミー・アンダーソンに3打差をつけて勝った。
1881年のゴルフ史を読む →83打で先に出た王者。ファーガソンが3連覇。
セントアンドリュースで、ボブ・ファーガソンは最初のラウンドを83打で回った。その日、ほかの選手は午前も午後も86打を切れなかった。王者は早い時間に大きな差を作った。
1882年のゴルフ史を読む →10打をたたいたファーニー、延長戦で王者に。
マッセルバラでウィリー・ファーニーは、前半18ホールを75打で回った。最後の周回の2番では長い草や砂、低木に苦しみ10打。それでも本戦を158打で終え、4連覇を狙うボブ・ファーガソンと並んだ。
1883年のゴルフ史を読む →72ホールの全英で、初めての三連覇。
全英の三連覇は、1880〜1882年のボブ・ファーガソン以来。1892年に72ホールへ変わってからはトムソンが初めてだった。1954年、1955年、1956年と、別々のコースで勝ち続けた。
1956年のゴルフ史を読む →
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