ゴルフ史

1882年

83打で先に出た王者。ファーガソンが3連覇。

ボブ・ファーガソンが83・88の171打で全英3連覇。1880年のマッセルバラ、1881年のプレストウィックに続き、セントアンドリュースでも勝った。 最後は6打、6打。それでも守り切ったリードは3打。三つの会場を回り、全英の王者は3年続けて同じだった。

この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

この年の全英と、主役たち

SEASON LEADERS

年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1882年

    ボブ・ファーガソン

    全英オープン優勝

    セントアンドリュースで36ホールを171打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。

セントアンドリュースで18ホールを2周する36ホールの全英。現在の72ホールと同じ打数の基準で比べない。全英アマチュアは1885年、全英女子アマは1893年から。創設前の大会や未確認の年間賞金順位は並べない。

当時の主要選手権

MAJOR CHAMPIONS

男子の主要選手権

1882年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。

  1. 年間

    三つの会場で勝って、3連覇

    ボブ・ファーガソンが83・88の171打で全英3連覇。1880年のマッセルバラ、1881年のプレストウィックに続き、セントアンドリュースでも勝った。

  2. 年間

    ファーニーが追って、差は3打

    ウィリー・ファーニーは88・86の174打。午後に追い上げたが3打届かなかった。二人は翌年の全英で再び優勝を争い、今度は延長戦へ進む。

  3. 年間

    プレストウィックが18ホールへ拡張

    同じ年、プレストウィックのコースは12ホールから18ホールへ広がった。この年の全英会場はセントアンドリュースで、新しい18ホールのプレストウィックが全英を迎えるのは1884年となる。

  4. 道具

    飛距離を担った、長い木製クラブ

    ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。

日本のゴルフ

日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1882

    最初の18ホールが、この日の最少打数。

    セントアンドリュースで、ボブ・ファーガソンは最初のラウンドを83打で回った。その日、ほかの選手は午前も午後も86打を切れなかった。王者は早い時間に大きな差を作った。

    最後は6打、6打。リードは3打残った。

    午後のファーガソンは88打。終盤に二つの6打があったが、合計171打にまとめた。ウィリー・ファーニーは午後の最少スコア86打で追い上げ、3打差の2位となった。

    三つのコースで勝ち、次は4連覇へ。

    1880年のマッセルバラ、1881年のプレストウィック、そしてこの年のセントアンドリュース。ファーガソンは、アンダーソンに続いて三つの会場で3連覇した。翌年は4連覇をかけ、地元へ戻ることになる。