1877年
3周目の37打。アンダーソンの最初の全英。
ジェイミー・アンダーソンが160打で勝ち、ボブ・プリングルは162打で2位。前年までの名手たちに続き、後に3連覇する選手が最初のタイトルを得た。 マッセルバラの9ホールを4周。2打を追って後半へ入ったジェイミー・アンダーソンが、3周目に一気に差を縮めた。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1877年
全英オープン優勝
マッセルバラで36ホールを160打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
- 年間
1877年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
アンダーソンが、全英初優勝
ジェイミー・アンダーソンが160打で勝ち、ボブ・プリングルは162打で2位。前年までの名手たちに続き、後に3連覇する選手が最初のタイトルを得た。
- 年間
3周目の9ホールを、37打
前半18ホールは82打。後半に入って9ホールを37打、41打で回り、後半18ホールを78打にまとめた。4周するマッセルバラの勝負は、周回ごとの流れにも残る。
- 年間
三つの会場を制す、最初の一歩
この年はマッセルバラ、翌年はプレストウィック、その次はセントアンドリュース。アンダーソンの3連覇は同じ会場だけで重ねたものではなく、異なるリンクスを攻略した連勝となる。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1877前半18ホールでは、2打を追っていた。
ジェイミー・アンダーソンは前半を82打。ボブ・ファーガソンら80打で回った選手に2打差をつけられていた。舞台は9ホールのマッセルバラ。残るのは、あと2周だった。
37打と41打で、後半を78打。
3周目の9ホールを37打で回ると、最後の周回は41打。後半18ホールを78打にまとめ、合計160打で初優勝した。2位ボブ・プリングルは162打、ファーガソンは164打だった。
ここから、三つの会場で続けて勝つ。
アンダーソンは翌1878年のプレストウィック、1879年のセントアンドリュースも制する。この年のマッセルバラでの勝利は、3年連続優勝の最初の一つになった。