ゴルフ史

1863年

初めての賞金と、パークの雪辱。

ウィリー・パークが2周目を54打で回り、勝負の流れをつかんだ。オールド・トム・モリスの170打を2打上回り、初代王者がベルトを取り戻した。 前年は13打差で敗れたウィリー・パーク。雨と強風のプレストウィックで勝ち返し、モリスの3連覇を阻んだ。

この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

この年の全英と、主役たち

SEASON LEADERS

年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1863年

    ウィリー・パーク

    全英オープン優勝

    プレストウィックで36ホールを168打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。

プレストウィックで12ホールを3周する36ホールの全英。現在の72ホールと同じ打数の基準で比べない。全英アマチュアは1885年、全英女子アマは1893年から。創設前の大会や未確認の年間賞金順位は並べない。

当時の主要選手権

MAJOR CHAMPIONS

男子の主要選手権

1863年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。

  1. 年間

    パークが168打で、2度目の優勝

    ウィリー・パークが2周目を54打で回り、勝負の流れをつかんだ。オールド・トム・モリスの170打を2打上回り、初代王者がベルトを取り戻した。

  2. 年間

    最初に飛び出したのは、パークの弟

    デービッド・パークは最初の12ホールを55打で回り、兄とモリスに1打先行した。だが、その後は兄とモリスの争いとなり、デービッドは3位で大会を終えた。

  3. 年間

    全英に初めて、総額10ポンドの賞金

    全英で初めて10ポンドの賞金が用意された。王者の賞品は引き続きチャレンジ・ベルトで、この大会の賞金と後年の年間獲得賞金順位は別の記録になる。

  4. 道具

    飛距離を担った、長い木製クラブ

    ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。

日本のゴルフ

日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1863

    雨風の中、弟が先に飛び出した。

    最初の12ホールを55打で回ったのは、ウィリー・パークの弟デービッド・パーク。兄とオールド・トム・モリスに1打差をつけた。だが2周目で後退し、優勝争いは再びおなじみの二人へ移った。

    2周目の54打で、勝負を動かす。

    ウィリーは2周目に54打、モリスは58打。最後の周回でモリスが2打を取り返したものの、ウィリーが合計168打で逃げ切った。第1回大会に続く2勝目で、二人の全英優勝回数は2回ずつになった。

    賞金総額10ポンド、競技の仕組みも変わる。

    全英に初めて用意された賞金は総額10ポンド。王者の賞品は引き続きチャレンジ・ベルトだった。大会の賞金制度が動き始めた年だが、後年の年間賞金王を表す記録ではない。