1867年
46歳の王者。借りた木製クラブで風を抜く。
オールド・トム・モリスが170打で勝利。46歳102日の王者は、ウィリー・パークに2打差をつけた。息子ヤング・トム・モリスは5打差の4位だった。 オールド・トム・モリスが全英4勝目。その手には、低い球を打つために借りた「ドライバー・パター」があった。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1867年
全英オープン優勝
プレストウィックで36ホールを170打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
- 年間
1867年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
46歳のモリスが、全英4勝目
オールド・トム・モリスが170打で勝利。46歳102日の王者は、ウィリー・パークに2打差をつけた。息子ヤング・トム・モリスは5打差の4位だった。
- 年間
- 年間
女性のための、小さなリンクス
セントアンドリュース女子ゴルフクラブが発足。オールド・トム・モリスが整えた最初のコースは15ホールで、クリークとパターを使う小さなリンクスだった。後にパッティング中心のコースへ変わっていく。
- 年間
最初の女子クラブ競技は、45ホール
同クラブの最初の競技は、15ホールを3周する45ホール。賞品には金のロケットペンダントなどが用意された。後年の全英女子アマチュア選手権や女子メジャーと混同せず、女性のクラブ競技の一歩としてたどる。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1867黒く、平らなフェースの木製クラブ。
風の強いプレストウィックで、モリスはフェアリーという人物から木製クラブを借りた。大会公式の回顧は、黒いヘッドと平らなフェースを持つ「ドライバー・パター」と記している。球を低く出し、風の下を通すためのクラブだった。
2周目の54打が、最後まで残った。
最初の周回でモリスは58打。2周目の54打でウィリー・パークに2打差をつけると、最後は二人とも58打だった。合計170打で、46歳102日のモリスが4度目の優勝を果たした。
父の最後の優勝。息子は4位に。
この年がオールド・トムの全英最後の優勝となった。同じ大会で息子ヤング・トムは父に5打差の4位。翌年、今度は息子が優勝し、父が2位になる。