1868年
17歳のヤング・トム。父を破って初優勝。
ヤング・トム・モリスが154打で初優勝した。17歳156日、全英出場は4回目。父オールド・トム・モリスは157打で2位となり、親子が上位を占めた。 最初は51打、最後は49打。17歳の息子がコースの最少打数を更新し、前年王者の父に3打差をつけた。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1868年
全英オープン優勝
プレストウィックで36ホールを154打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
- 年間
1868年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
17歳のヤング・トムが、父を破る
ヤング・トム・モリスが154打で初優勝した。17歳156日、全英出場は4回目。父オールド・トム・モリスは157打で2位となり、親子が上位を占めた。
- 年間
12ホールを49打で回った、最後の周回
ヤング・トムの51・54・49に対し、父は54・50・53。最終周の49打は、当時の12ホールでの記録。現代の18ホールのスコアと同じ物差しでは比べられない。
- 年間
前年の46歳から、17歳の王者へ
前年の父の全英4勝目に続き、この年は息子が最初の1勝を手にした。モリス家が王者の座をつないだが、プレーする世代は大きく入れ替わった。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 18684度目の出場で、王者になる。
14歳で初めて全英に出たヤング・トム・モリス。この年は4度目の出場だった。12ホールを51・54・49、合計154打で回り、父オールド・トムの157打を3打上回った。
父が50打を出すと、息子は49打。
ヤング・トムの最初の51打は、大会の周回最少記録だった。2周目に父とウィリー・パークが50打を出すと、息子は最後の周回をさらに1打少ない49打で回った。スコアを縮め合う親子の勝負でもあった。
前年の王者から、新しい世代へ。
前年、46歳の父が全英4勝目。この年は17歳156日の息子が初優勝した。父子がそろって上位を占めながら、勝者の名前はオールド・トムからヤング・トムへ変わった。