1869年
丘の向こうで歓声。全英初のホールインワン。
ヤング・トム・モリスは50・55・52の157打。2位ボブ・カークの168打に11打差をつけ、10代の王者が連覇した。 グリーンが見えない8番ホール。ヤング・トムは、向こうから響く歓声で球が入ったことを知った。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1869年
全英オープン優勝
プレストウィックで36ホールを157打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
- 年間
1869年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
ヤング・トムが、11打差で連覇
ヤング・トム・モリスは50・55・52の157打。2位ボブ・カークの168打に11打差をつけ、10代の王者が連覇した。
- 年間
グリーンが見えない8番で、全英初の一打
166ヤードのステーション・ホールで、ヤング・トムが全英初のホールインワン。丘の向こうにあるグリーンからの歓声が、一打で入ったことを知らせた。
- 年間
ホイレイクに、新しい9ホール
現在のロイヤル・リバプールにつながるクラブが発足した。最初は9ホールで、競馬にも使われる土地を共有。スコットランドの王者争いと並行して、イングランドの海辺にも競技の拠点が育っていた。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1869ステーション・ホールで、一打で入る。
プレストウィックの8番は166ヤード。サハラ・バンカーの先に丘があり、ティーからグリーンが見えないホールだった。最初の周回、ヤング・トム・モリスの一打が直接カップへ。全英で初めてのホールインワンになった。
見えない結果を、観客の歓声が知らせた。
球の行方は丘に隠れていた。大会公式の回顧によれば、ヤング・トムが成功を知ったのは、グリーン側から上がった観客の歓声だった。
18歳、11打差で連覇する。
最初の周回を50打、続く二つを55打と52打。合計157打で、2位に11打差をつけた。前年の初優勝に続く2勝目。10代の王者は、勝ち方の強さも見せた。