1899年
先頭から勝ったバードン。歯科医のティー特許。
R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。ハリー・バードンが全英3勝目。米国では、歯科医ジョージ・グラントが球を支えるティーの特許を取った。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1899年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米男子 · オープン選手権
1899年
全米オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国女子 · アマチュア選手権
1899年
全英女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米女子 · アマチュア選手権
1899年
全米女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS1899年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
- 年間
全英オープンはハリー・バードン
ハリー・バードンが全英を制した。本戦72ホールの合計は310打。舞台はロイヤル・セントジョージズ。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
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全米オープンはウィリー・スミス
ウィリー・スミスが本戦72ホールを315打で回り優勝。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。
- 年間
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全英女子アマチュアはM・ヘズレット
M・ヘズレットがCounty Downで優勝。決勝結果は2&1。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
- 年間
全米女子アマチュアはルース・アンダーヒル
ルース・アンダーヒルが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。
- 年間
ボールを載せるティーにも発明があった
ジョージ・グラントが木製ティーの特許を得た。特許取得と一般のゴルファーへの普及は別の話。クラブヘッドだけでなく、最初の一打を支える小さな道具にも工夫が積み重なった。
- 道具
道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー
R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1899どのラウンドの後も、先頭にいた。
ロイヤル・セントジョージズで、バードンは76・76・81・77の310打。全英が72ホールになってから初めて、すべてのラウンド終了時に単独首位か首位タイを保って勝った。2位ジャック・ホワイトには5打差だった。
球を載せる小さな道具にも、発明があった。
歯科医のジョージ・グラントは12月12日、米国でゴルフティーの特許を取得した。ティーは、最初のショットで球を地面より高く支える道具。彼は試作品を自分で使い、家族や友人にも配った。
特許の年と、普及した時代は違う。
グラントは発明を事業にはしなかった。USGAの解説は、木製ティーが一般的になるのは、別の歯科医ウィリアム・ローウェルのレディー・ティーが登場した1920年代初めとしている。
