1898年
バードンの1打差。ボールの中身も変わり始める。
R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。最後の短いパットが勝敗を分けた全英。米国では、ゴムの芯に糸を巻くハスケル・ボールが生まれた。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1898年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米男子 · オープン選手権
1898年
全米オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国女子 · アマチュア選手権
1898年
全英女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米女子 · アマチュア選手権
1898年
全米女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS1898年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
- 年間
全英オープンはハリー・バードン
ハリー・バードンが全英を制した。本戦72ホールの合計は307打。舞台はプレストウィック。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
- 年間
全米オープンはフレッド・ハード
フレッド・ハードが本戦72ホールを328打で回り優勝。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。
- 年間
全米アマチュアの頂点はフィンドレー・S・ダグラス
フィンドレー・S・ダグラスが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。
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全英女子アマチュアはL・トムソン
L・トムソンがGreat Yarmouthで優勝。決勝結果は6&5。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
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全米女子アマチュアはビアトリクス・ホイト
ビアトリクス・ホイトが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。
- 年間
ゴム芯と糸巻きがボールを変える
ハスケルのゴム芯とゴム糸を使ったボールが登場した時代。すぐに全員が切り替えたという意味ではないが、のちに飛距離とコースづくりにも変化をもたらしていく。
- 道具
道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー
R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1898最後の約4フィートが、入らなかった。
ウィリー・パーク・ジュニアは、最終ラウンドを前にハリー・バードンへ2打のリード。バードンが307打で上がると、パークは最後に同点へ追いつく約4フィートのパットを残した。球は入らず、バードンが1打差で2勝目を挙げた。
36ホールで、残る選手を絞る。
この大会から、最初の36ホール後に上位の選手へ出場者を絞る「カット」が導入された。1893年の王者ウィリー・オークタロニーも、後半の2ラウンドへ進めなかった。
ゴム芯、張ったゴム糸、外側のカバー。
コバーン・ハスケルはBFグッドリッチと、ゴム芯に張力をかけたゴム糸を巻き、ガッタパーチャで覆うボールを作った。USGAとR&Aの距離調査は、この球の登場を1898年とし、後に普及して飛距離が伸び、コース延長の要因となったことを記す。
