選手名鑑

選手名鑑へ

国・地域未確認 · 男子・一般

ハリー・バードン

Harry Vardon

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

ジャージー島でキャディーからプロへ進み、全英を6度制した名手。テーラー、ブレイドとともに「三巨頭」と呼ばれた。

直立に近いスイングから、飛距離と正確さを両立した。1903年に結核を患った後も復帰し、1911年と1914年に再び全英を勝った。

1900年には全米も制覇。1913年にはレイとともに若いウィメットに敗れ、1920年も50歳で2位に入った。広めたオーバーラッピングの握り方は「バードン・グリップ」と呼ばれる。

生涯成績

The Open記載のプロ通算49勝、PGA TOUR認定通算7勝。男子メジャー7勝。1896〜1914年に2種類のメジャーで優勝。

プロ通算(The Open記載)
49勝
PGA TOUR認定通算
7勝
男子メジャー通算
7勝
メジャー優勝大会の種類
2大会

公式資料の確認日:

ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。

メジャー優勝の内訳

全英オープン · 6勝
1896年、1898年、1899年、1903年、1911年、1914年
全米オープン · 1勝
1900年

PGA TOUR認定通算は2026年公式メディアガイドの歴代一覧に基づきます。ツアー創設前やアマチュア時代の認定勝利を含むため、当時の所属ツアーやプロとしての勝利数を示すものではありません。メジャー通算とは重複するため合算しません。 プロ通算はThe Openの掲載値です。対象大会の明細は示されていないため、PGA TOUR認定通算・メジャー通算へ加算しません。

メジャーでのキャリア

1896年の全英オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1914年の全英オープンまでに通算7勝を挙げた。

大会ごとの実績

最多優勝の大会は全英オープンで6勝(1896・1898・1899・1903・1911・1914年)。優勝したメジャーは2種類。

公式記録に残る通算勝利

PGA TOURの公式歴代勝利一覧では通算7勝と認定されている。歴史上の大会を遡って認定した記録を含み、世界各地の全大会を合計した生涯総勝利数ではない。

全英公式が紹介するプロキャリア

The Openの公式プロフィールはプロ通算49勝と紹介している。PGA TOUR認定7勝とは集計範囲が異なる。

キャリア年表

  1. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1896年のゴルフ史を読む →
  2. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1898年のゴルフ史を読む →
  3. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1899年のゴルフ史を読む →
  4. メジャー優勝

    全米オープンで優勝。

    1900年のゴルフ史を読む →
  5. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1903年のゴルフ史を読む →
  6. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1911年のゴルフ史を読む →
  7. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1914年のゴルフ史を読む →

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. 11打差からの逆転。バードンと、オールド・トム最後の全英。

    ミュアフィールドで、ハリー・バードンは最初に83打を打ち、首位のから11打差。それでも78・78・77と続け、合計316打でに並んだ。

    追加の36ホールではバードンが78・79の157打、テーラーは80・81の161打。バードンが全英初優勝を果たし、友人でもあるライバルの3連覇を阻んだ。

    1896年のゴルフ史を読む →
  2. バードンの1打差。ボールの中身も変わり始める。

    は、最終ラウンドを前にハリー・バードンへ2打のリード。バードンが307打で上がると、パークは最後に同点へ追いつく約4フィートのパットを残した。球は入らず、バードンが1打差で2勝目を挙げた。

    1898年のゴルフ史を読む →
  3. 先頭から勝ったバードン。歯科医のティー特許。

    ロイヤル・セントジョージズで、バードンは76・76・81・77の310打。全英が72ホールになってから初めて、すべてのラウンド終了時に単独首位か首位タイを保って勝った。2位には5打差だった。

    1899年のゴルフ史を読む →
  4. テーラーの8打差と、パリ五輪のゴルフ。

    J・H・テーラーは、セントアンドリュースの全英を4ラウンドすべて70台で回った。合計309打。ハリー・バードンに8打差、3位には13打差をつけた。後に「三巨頭」と呼ばれる三人が、初めて全英の上位三つを占めた。

    1900年のゴルフ史を読む →
  5. 最後の一打でシャフトが折れた。ブレイドの初優勝。

    36ホールではハリー・バードンと同点。3ラウンド目に74打を出して5打のリードを作り、最後は80打、合計309打で勝った。バードンが3打差、J・H・テーラーが4打差で続いた。

    1901年のゴルフ史を読む →
  6. 糸巻きボールで、1打差。ハードが全英を制す。

    77・76と回ったハードは、3ラウンド目の73打で先頭へ出た。最後は81打と苦しみ、合計307打で後続を待つ。追うハリー・バードンとジェームズ・ブレイドには、最終グリーンで並ぶチャンスが残っていた。

    バードンの最後のパットはカップの縁で止まった。ブレイドも同点にするパットを逃し、ともに308打。ハードは1892年、1895年の2位を経て、初めてクラレット・ジャグを手にした。

    1902年のゴルフ史を読む →
  7. 77、76、74、73。ブレイドが全英を連覇。

    77・76・74・73と打数を減らし、合計300打で優勝。J・H・テーラーに4打差、ハリー・バードンに5打差をつけた。三人が上位を占め、ブレイド自身は3勝目。前年に続く連覇となった。

    1906年のゴルフ史を読む →
  8. 一つのホールで8打。それでもブレイドが8打差。

    最終ラウンドは72打、合計291打でに8打差をつけた。1904年のジャック・ホワイトの296打を5打更新する全英の記録。4勝で、モリス父子、、バードンの優勝回数に並んだ。

    1908年のゴルフ史を読む →
  9. 9年ぶりのテーラー。ディールで全英4勝目。

    トム・ボールと前年王者ジェームズ・ブレイドが301打で2位。テーラーは6打差で勝ち、ブレイド、ハリー・バードンと並ぶ全英4勝目を挙げた。三巨頭の競り合いは、翌年からさらに5勝へ進む。

    1909年のゴルフ史を読む →
  10. 303打で並んだ二人。バードンの5勝目は延長戦で。

    バードンは74・74・75の後、最後は80打で合計303打。フランスのが76打で追いついた。サンディー・ハードとハロルド・ヒルトンは、最終ホールで同点へ届かず3位となった。

    36ホールを予定した延長戦で、バードンは午前の74打で5打リード。34ホール終了時には10打差がついた。次のホールでバードンが向かい風へ2打でグリーンを捉えると、マッシーは敗北を認めた。

    バードンの優勝は1903年以来。前年のジェームズ・ブレイドに続き、全英5勝へ到達した。延長戦を制した王者は、3年後のプレストウィックで、さらに一つ多い6勝へ進む。

    1911年のゴルフ史を読む →
  11. 飛ばすレイ、最初から単独首位で全英を勝つ。

    ミュアフィールドは6,425ヤードへ伸びていた。飛距離で知られるテッド・レイは、最初の71打でジョージ・ダンカンに1打差の首位。続く73打で、ハリー・バードンへのリードを3打にした。

    3ラウンド目は76打、最後は75打で合計295打。バードンが4打差、ジェームズ・ブレイドが8打差で続いた。それまで4大会続けて三巨頭が勝っていた全英で、レイが初優勝を挙げた。

    72ホールになってから、全ラウンド終了時に単独首位だった最初の優勝者がレイ。1899年のバードンは首位タイを含む先頭だった。二人は翌年の全米で、ともにウィメットとの延長戦を迎える。

    1912年のゴルフ史を読む →
  12. 20歳のウィメットが全米を勝つ。東京では倶楽部が生まれる。

    J・H・テーラーは73・75・77・79の304打で、前年王者テッド・レイに8打差をつけた。1894年の初優勝から19年。ブレイド、バードンに続いて全英5勝へ到達した。

    20歳のアマチュア、フランシス・ウィメットは本戦304打でバードンとレイに並んだ。18ホールの延長戦を72打で回り、77打のバードン、78打のレイを破って全米初優勝。英国の王者たちを、米国の若者が上回った。

    1913年のゴルフ史を読む →
  13. バードン、6度目の全英王者に。次の大会は6年後。

    ハリー・バードンは73・77で先頭。J・H・テーラーは2打差で追い、最後の36ホールを同じ組で争った。3ラウンド目はテーラーが74打、バードンが78打となり、今度はテーラーが2打リードした。

    最終ラウンド、テーラーは4番でバンカーから出した後に水へ入れ、7打。バードンは同じホールを4打で上がった。最後は78打、合計306打で、友人でもあるライバルに3打差をつけた。

    バードンは全英で初めて6勝へ到達した。テーラーが初めて勝った1894年から、この年までの21大会で三巨頭の優勝は16回。その後は第一次世界大戦のため、1915〜1919年の大会が行われなかった。

    1914年のゴルフ史を読む →

プレーを、数字で見る。

この選手のスタッツはまだ収録していません。

賞金・ポイント・順位

この選手の賞金・ポイントはまだ接続できていません。

賞金・ポイントの一覧へ

大会結果

接続済みの大会結果はありません。

この選手から、読む。

J.H.テイラーが1913年の全英オープン5勝目で使ったと伝わるパターは、息子が校長を務めた学校の同窓会へ渡り、年次ゴルフ大会の賞品になっていた。 学校が閉校しても同窓会はパターを保管し、2023年にテイラーの古巣ロイヤル・ミッドサリーGCへ寄贈した。 製作者も1893年の全英王者だったという。一本の道具に、勝利と学校の記憶が重なっている。

ニュース一覧を見る →

バッグの中を、のぞく。

使用クラブはまだ接続できていません。公開情報で確認できたバッグを順次追加します。

プロフィール

国・地域
未確認
日本語名
仮表記