ゴルフ史

1946年

全英が戻る。女子にも、オープン選手権が生まれる。

ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。七年ぶりの全英でサム・スニードが優勝。米国では最初の全米女子オープンが、いまとは違うマッチプレーの大会として始まった。

この時代のドライバー

1936年登場、MIZUNO ミズノ トーナメントのドライバー実物写真。1946年の時代を振り返るアイコン。

1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1946年

    ベン・ホーガン

    $42,556.16

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1946年

    LPGA発足前

    年間ツアー賞金王は置かない

    LPGAの発足は1950年。先行するWPGAや女子の選手権の歩みは、この年の話題と主要大会で読む。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1946年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1946年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。LPGA創設前の女子大会は遡及認定されたメジャーを含む。「アマ」は優勝当時のアマチュア資格を示す。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1946年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    ハーマン・カイザーのマスターズ

    ハーマン・カイザーがマスターズを合計282打で制した。

  2. 年間

    ロイド・マングラムの全米オープン

    ロイド・マングラムが全米オープンを合計284打で制した。本戦の同スコアから延長戦で勝負を決めた。

  3. 年間

    サム・スニードの全英オープン

    サム・スニードが全英オープンを合計290打で制した。

  4. 年間

    ベン・ホーガンの全米プロ

    ベン・ホーガンが全米プロに優勝。決勝は6 and 4で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。

  5. 年間
  6. 年間

    LPGAの発足前、女子選手たちの舞台

    女子には、タイトルホルダーズやウェスタンという先行する大会があった。LPGAが1950年に生まれる前の優勝も、後年の公式メジャー記録に残っている。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 休止

    日本オープンは再開前

    日本オープンの戦後再開は1950年。この年に優勝者や優勝賞金を置かず、競技が戻るまでの歩みをたどる。

  2. 休止

    日本プロも、復活までの途上

    戦前の最後の開催は1942年。日本プロが再び行われるのは1949年で、戦時中と戦後復興の空白を挟んでいる。

  3. 年間

    関東プロ協会が再び動き出す

    関東のプロゴルフ協会が戦後に発足。日本オープンや日本プロが戻る前に、選手たちの組織を立て直す歩みが始まっていた。

  4. 年間

    道具に残る、戦前からのつながり

    1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1946

1939年以来の全英が、開かれる。

六年間の休止を経て、全英がセントアンドリュースで再開した。サム・スニードは71、70、74、75の290打。ジョニー・ブラとボビー・ロックの294打に4打差をつけて優勝した。

全米女子は、WPGAが始めた大会。

スポケーン・カントリークラブで第1回全米女子オープンが開催された。大会を始めたのは女子プロ団体WPGA。USGAが運営を引き継ぐのは、後の1953年になる。

最初の王者は、パティ・バーグ。

初回はマッチプレーで争われた。パティ・バーグは36ホールの予選を145打で通過し、36ホールの決勝でベティ・ジェイムソンに5&4で勝利。5ホールリード、残り4ホールで優勝を決めた。