ゴルフ史

1903年

六甲山の9ホールから、日本のゴルフへ。

マグレガーの木製ドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。山荘での会話をきっかけに、人の手で造られたコース。神戸ゴルフ倶楽部の開場式は1903年5月24日に行われた。

この時代のドライバー

マグレガーの木製ドライバー。館蔵目録が1900〜1919年の範囲に置く、マグレガーの木製ドライバー。添付札の年代表示は1900年。実物写真を時代のアイコンとして使い、単年の発売モデルや王者の使用品とは断定しない。

マグレガーの木製ドライバー。館蔵目録が1900〜1919年の範囲に置く、マグレガーの木製ドライバー。添付札の年代表示は1900年。実物写真を時代のアイコンとして使い、単年の発売モデルや王者の使用品とは断定しない。

選手権を制した主役たち

SEASON LEADERS

確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1903年

    ハリー・バードン

    全英オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米男子 · オープン選手権

    1903年

    ウィリー・アンダーソン

    全米オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 英国女子 · アマチュア選手権

    1903年

    R・アデア

    全英女子アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1903年

    ベッシー・アンソニー

    全米女子アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。

当時の主要選手権を見渡す

MAJOR CHAMPIONS

1903年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。

  1. 年間

    全英オープンはハリー・バードン

    ハリー・バードンが全英を制した。本戦72ホールの合計は300打。舞台はプレストウィック。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。

  2. 年間

    全英アマチュアはロバート・マクスウェル

    ロバート・マクスウェルがMuirfieldで全英アマチュアを制した。決勝結果は7&5。ホールごとの勝敗を争うマッチプレーだった。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。

  3. 年間

    全米オープンはウィリー・アンダーソン

    ウィリー・アンダーソンが本戦72ホールを307打で回り優勝。同点で並んだ後、プレーオフを制した。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。

  4. 年間

    全米アマチュアの頂点はウォルター・トラビス

    ウォルター・トラビスが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。

  5. 年間

    全英女子アマチュアはR・アデア

    R・アデアがRoyal Portrushで優勝。決勝結果は4&3。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。

  6. 年間

    全米女子アマチュアはベッシー・アンソニー

    ベッシー・アンソニーが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。

  7. 年間

    大陸を越えて広がる競技と道具

    英国と米国で別々の全国選手権が育つ一方、日本では神戸ゴルフ倶楽部が開場した。海外の王者の歴史と、自分たちがプレーする場を作る歴史が、この年に交差する。

  8. 道具

    道具のアイコンは、マグレガーの木製ドライバー

    マグレガーの木製ドライバー。館蔵目録が1900〜1919年の範囲に置く、マグレガーの木製ドライバー。添付札の年代表示は1900年。実物写真を時代のアイコンとして使い、単年の発売モデルや王者の使用品とは断定しない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。

日本のゴルフ

この年の競技結果や、倶楽部での取り組みを読む。

  1. 年間

    2月の創立、5月の開場

    2月27日に創立総会が開かれ、5月24日に神戸ゴルフ倶楽部が開場した。六甲山の9ホールから始まる、現在の日本のゴルフ倶楽部史の出発点である。

  2. 年間

    最初のクラブ選手権は95打

    開場日の競技で、コース設計にも関わったアダムソンが95打で優勝。グルーム寄贈のチャレンジカップを手にした。これは倶楽部内の競技であり、1907年に始まる日本アマチュアとは別の記録だ。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1903

「ここにコースを」という山荘の会話。

神戸ゴルフ倶楽部の歴史には、アーサー・ヘスケス・グルームの山荘で、友人たちが英国のゴルフを話題にしたことが始まりと伝えられている。

岩や草木を取り除き、1901年秋に最初の4ホールが完成。そこから5ホールを増やし、1903年の開場へ進んだ。

記念すべき第一打は、チョロだった。

開場式で始球式を行ったのは兵庫県知事。その一打は走って拾えるほどしか飛ばなかった、という逸話が倶楽部の公式史に残る。グルームはその球を記念として保存すると述べたという。

日本のゴルフの始まりにも、いまのゴルファーが思わず笑ってしまうような一場面がある。