1904年
80、75、72、69。毎回縮めて、ホワイトが勝つ。
マグレガーの木製ドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。ラウンドごとに打数を減らし、合計は初めて300打を切った。同じ年のセントルイス五輪では、カナダのジョージ・ライアンが勝った。
この時代のドライバー

マグレガーの木製ドライバー。館蔵目録が1900〜1919年の範囲に置く、マグレガーの木製ドライバー。添付札の年代表示は1900年。実物写真を時代のアイコンとして使い、単年の発売モデルや王者の使用品とは断定しない。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1904年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米男子 · オープン選手権
1904年
全米オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国女子 · アマチュア選手権
1904年
全英女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米女子 · アマチュア選手権
1904年
全米女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
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女子の主要選手権
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1904年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
- 年間
全英オープンはジャック・ホワイト
ジャック・ホワイトが全英を制した。本戦72ホールの合計は296打。舞台はロイヤル・セントジョージズ。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
全英アマチュアはウォルター・トラビス
ウォルター・トラビスがRoyal St George’sで全英アマチュアを制した。決勝結果は4&3。ホールごとの勝敗を争うマッチプレーだった。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。
- 年間
全米オープンはウィリー・アンダーソン
ウィリー・アンダーソンが本戦72ホールを303打で回り優勝。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。
- 年間
全米アマチュアの頂点はチャンドラー・イーガン
チャンドラー・イーガンが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。
- 年間
全英女子アマチュアはロッティ・ドッド
ロッティ・ドッドがTroonで優勝。決勝結果は1 hole。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
- 年間
全米女子アマチュアはジョージアナ・ビショップ
ジョージアナ・ビショップが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。
- 年間
セントルイス五輪はマッチプレーで決着
ジョージ・ライアンがチャンドラー・イーガンとの36ホールの決勝を3and2で制した。全米アマを勝ったイーガンにも別の勝負があった。五輪と全国選手権は異なる大会として振り返る。
- 道具
道具のアイコンは、マグレガーの木製ドライバー
マグレガーの木製ドライバー。館蔵目録が1900〜1919年の範囲に置く、マグレガーの木製ドライバー。添付札の年代表示は1900年。実物写真を時代のアイコンとして使い、単年の発売モデルや王者の使用品とは断定しない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の競技結果や、倶楽部での取り組みを読む。
- 年間
六甲のコースが18ホールへ
神戸のコースは9ホールを追加し、全長3,576ヤード、ボギー78の18ホールとなった。砂を固めたグリーンも当時の特徴。現在の芝のグリーンやパーの数字を、そのまま当てはめない。
- 年間
冬のプレーの場を、横屋にも
六甲山では冬のプレーが難しく、山麓の横屋に6ホールのゴルフ場が設けられた。山上と海辺を季節で使い分ける工夫からも、初期のゴルフの広がりをたどれる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1904最初の80打から、最後は69打。
ジャック・ホワイトは80・75・72・69と、4ラウンドすべてで前より打数を減らした。全英で初めてとなる改善の並びで、合計296打。72ホールで300打を切った最初の優勝者となった。
68打を出したテーラーも、1打届かない。
ジェームズ・ブレイドは3ラウンド目に69打を出し、全英の18ホールのラウンドで、初めて70打を切った。最後はJ・H・テーラーがさらに68打。それでも二人の合計は297打となり、ホワイトが1打差で勝った。
五輪の決勝は、36ホールのマッチプレー。
セントルイスではジョージ・ライアンが米国のチャンドラー・イーガンを破り、男子個人で優勝した。決勝はホールごとに勝敗を競う36ホールのマッチプレー。ライアンは3ホール差、残り2ホールで勝負を決めた。