1915年
全英のない年、全米はアマチュアのトラバースが勝つ。
マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。英国では予定されていた全英が行われなかった。米国のバルタスロールでは、すでに全米アマを4度勝っていた選手が、プロも交じる大会を制した。
この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。
この年の主役と、賞金の記録
SEASON LEADERS米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。
米男子 · 全国選手権
1915年
全米オープン優勝
採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。優勝者はアマチュア。
米女子 · アマチュア選手権
1915年
全米女子アマチュア優勝
LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。
日本男子 · 全国選手権
1915年
日本アマチュア優勝
日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。
日本女子 · 競技の背景
1915年
女子プロ賞金制度の成立前
倶楽部から競技が育つ時代
女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。
主要選手権の勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS男子・後の四大大会の系譜
- 年間
- 休止全英オープン開催中止
女子の主要競技
- 年間
1915年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。
- 年間
全米オープンはジェローム・トラバース
アマチュアのジェローム・トラバースが全米オープンを制した。72ホールの合計は297打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。
- 年間
全英オープンは戦争で休止
第一次世界大戦の影響で全英オープンは開かれなかった。全英の休止は1915〜1919年。米国の全国選手権とは空白の始まる年が異なる。
- 年間
全米アマチュアにも、もう一人の王者
ロバート・A・ガードナーが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。
- 年間
全米女子アマはフローレンス・バンダーベック
フローレンス・バンダーベックが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。
- 道具
ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る
マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。
日本のゴルフ
選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。
- 年間
- 年間
- 年間
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1915ディールで予定されていた全英は、開催されず。
1909年に初めて全英を迎えたシンクポーツは、1915年の開催地にも決まっていた。しかし第一次世界大戦の影響で大会は実現しなかった。実際に次の全英が開かれるのは、1920年になる。
米国では、297打が優勝スコアに。
6月17〜18日、バルタスロールで行われた全米オープンを、アマチュアのジェローム・トラバースが297打で制した。トム・マクナマラは298打で、差はわずか1打だった。
全米アマ4勝に、オープンのタイトルを加える。
トラバースは1907年、1908年、1912年、1913年に全米アマを勝っていた。1913年のウィメットに続き、全米オープンでもアマチュアが優勝。プロだけが主役ではなかった時代の、もう一つの勝利だった。