ゴルフ史

1909年

9年ぶりのテーラー。ディールで全英4勝目。

A.マクラーレンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。海岸沿いに往復するシンクポーツが、初めて全英を迎えた。テーラーが三つの74打と一つの73打を並べた。

この時代のドライバー

A.マクラーレンのドライバー。1908〜10年頃と記録されたA.マクラーレンのドライバー。ホノルルの刻印がある館蔵品の実物写真。この年の新発売や日本での販売を示すものではない。

A.マクラーレンのドライバー。1908〜10年頃と記録されたA.マクラーレンのドライバー。ホノルルの刻印がある館蔵品の実物写真。この年の新発売や日本での販売を示すものではない。

選手権を制した主役たち

SEASON LEADERS

確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1909年

    J・H・テーラー

    全英オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米男子 · オープン選手権

    1909年

    ジョージ・サージェント

    全米オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1909年

    ドロシー・キャンベル

    全米女子アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 日本男子 · アマチュア選手権

    1909年

    J・L・クロカット

    日本アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。

当時の主要選手権を見渡す

MAJOR CHAMPIONS

1909年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。

  1. 年間

    全英オープンはJ・H・テーラー

    J・H・テーラーが全英を制した。本戦72ホールの合計は295打。舞台はロイヤル・シンクポーツ。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。

  2. 年間

    全英アマチュアはロバート・マクスウェル

    ロバート・マクスウェルがMuirfieldで全英アマチュアを制した。決勝結果は1 hole。ホールごとの勝敗を争うマッチプレーだった。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。

  3. 年間

    全米オープンはジョージ・サージェント

    ジョージ・サージェントが本戦72ホールを290打で回り優勝。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。

  4. 年間

    全米アマチュアの頂点はロバート・A・ガードナー

    ロバート・A・ガードナーが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。

  5. 年間

    全英女子アマチュアはドロシー・キャンベル

    ドロシー・キャンベルがBirkdaleで優勝。決勝結果は4&3。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。

  6. 年間

    全米女子アマチュアはドロシー・キャンベル

    ドロシー・キャンベルが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。

  7. 年間

    三巨頭が、それぞれ全英4勝で並ぶ

    J・H・テーラーが4度目の全英優勝を挙げ、ハリー・バードン、ジェームズ・ブレイドと並んだ。単年の結果を少し長くたどると、この時代を代表した三人の競争が浮かび上がる。

  8. 道具

    道具のアイコンは、A.マクラーレンのドライバー

    A.マクラーレンのドライバー。1908〜10年頃と記録されたA.マクラーレンのドライバー。ホノルルの刻印がある館蔵品の実物写真。この年の新発売や日本での販売を示すものではない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。

日本のゴルフ

この年の競技結果や、倶楽部での取り組みを読む。

  1. 年間

    日本アマチュアはJ・L・クロカット

    神戸GC六甲コースでJ・L・クロカットが日本アマチュアを制した。記録は合計178打。全国のプロツアー賞金順位が成立する前、倶楽部を舞台にアマチュアの競技が育っていた。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1909

初開催のシンクポーツで、短いゲームが生きる。

大会は初めてディールのシンクポーツで開かれた。海岸に沿って往復するリンクスで、J・H・テーラーはグリーン周りの技術を生かした。1900年以来となる優勝を狙っていた。

74、73、74、74。大崩れせず先頭へ。

2ラウンド目の73打でリードを奪い、合計295打まで走った。この73打の途中、5番では大会で唯一の6打もあった。54ホール終了時には4打のリードを持ち、最後も74打にまとめた。

三人の王者が、4勝ずつで並ぶ。

トム・ボールと前年王者ジェームズ・ブレイドが301打で2位。テーラーは6打差で勝ち、ブレイド、ハリー・バードンと並ぶ全英4勝目を挙げた。三巨頭の競り合いは、翌年からさらに5勝へ進む。