ゴルフ史

1927年

日本オープンが始まる。初代王者はアマの赤星六郎。

マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。程ヶ谷で17人が争い、赤星六郎が10打差で優勝した。米国では初のライダーカップ、英国ではジョーンズの全英連覇。大会の地図が広がる一年。

この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · 全国選手権

    1927年

    トミー・アーマー

    全米オープン優勝

    採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1927年

    ミリアム・バーンズ・ホーン

    全米女子アマチュア優勝

    LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1927年

    赤星六郎

    日本オープン優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。初回日本オープンをアマチュアが制した。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1927年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1927年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    全米オープンはトミー・アーマー

    トミー・アーマーが全米オープンを制した。72ホールの合計は301打。同スコアで並んだ後、プレーオフを勝ち切った。

  2. 年間

    全英オープンはボビー・ジョーンズ

    アマチュアのボビー・ジョーンズが全英オープンを制した。72ホールの合計は285打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  3. 年間

    全米プロはウォルター・ヘーゲン

    ウォルター・ヘーゲンが全米プロを制した。決勝の結果は1-up。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。

  4. 年間

    全米アマチュアにも、もう一人の王者

    ボビー・ジョーンズが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。

  5. 年間

    全米女子アマはミリアム・バーンズ・ホーン

    ミリアム・バーンズ・ホーンが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。

  6. 道具

    ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る

    マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアは野村駿吉

    東京GC駒沢コースで野村駿吉が日本アマチュアを制した。決勝の結果は4 and 3。直接対決を勝ち抜くマッチプレーの記録だ。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    日本オープン、309打の優勝

    赤星六郎が合計309打で日本オープンを制した。初回大会は17人が出場し、うち12人がアマチュア。優勝者もアマチュアだった。

  3. 年間

    日本プロは中上数一

    茨木で中上数一が日本プロ選手権に優勝。宮本留吉と並び、翌日のプレーオフで競り勝った。

  4. 年間

    日本アマがマッチプレーへ

    日本アマチュアはストロークプレーからマッチプレーへ方式を変更した。全国選手権の同じ優勝でも、72ホールの日本オープンと、直接対決を勝ち抜く日本アマでは決着のつけ方が違う。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1927

プロ5人とアマ12人、合計17人。

5月28〜29日、程ヶ谷カントリー倶楽部で第1回日本オープンが行われた。アマチュアの赤星六郎が79・73・79・78の309打で勝ち、浅見緑蔵は319打。初代王者は10打差をつけた。

国を代表するプロ同士の対抗戦。

6月3〜4日、ウースターで第1回公式ライダーカップが行われ、米国が英国に9.5対2.5で勝った。1921年や1926年にも非公式対抗戦はあったが、公式大会の始まりはこの年になる。

ジョーンズは285打。パターとともに担がれる。

セントアンドリュースではジョーンズが285打、6打差で全英を連覇した。大会公式は、グリーン上で使うパター「カラミティ・ジェーン」を高く掲げた王者が、観衆の肩に担がれた場面を伝えている。