ゴルフ史

1929年

宮本留吉の298打、ヘーゲンの67打。二つのオープン。

マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。第3回日本オープンは、茨木で宮本留吉が初優勝。ミュアフィールドではヘーゲンが67打を出し、4度目の全英王者になった。

この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · 全国選手権

    1929年

    ボビー・ジョーンズ

    全米オープン優勝

    採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。優勝者はアマチュア。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1929年

    グレナ・コレット・ベア

    全米女子アマチュア優勝

    LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1929年

    宮本留吉

    日本オープン優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1929年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1929年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    全米オープンはボビー・ジョーンズ

    アマチュアのボビー・ジョーンズが全米オープンを制した。72ホールの合計は294打。同スコアで並んだ後、プレーオフを勝ち切った。

  2. 年間

    全英オープンはウォルター・ヘーゲン

    ウォルター・ヘーゲンが全英オープンを制した。72ホールの合計は292打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  3. 年間

    全米プロはレオ・ディーゲル

    レオ・ディーゲルが全米プロを制した。決勝の結果は6 and 4。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。

  4. 年間

    全米アマチュアにも、もう一人の王者

    ハリソン・R・ジョンストンが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。

  5. 年間

    全米女子アマはグレナ・コレット・ベア

    グレナ・コレット・ベアが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。

  6. 道具

    ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る

    マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアはF・H・I・ブラウン

    武蔵野六実コースでF・H・I・ブラウンが日本アマチュアを制した。決勝の結果は38H。直接対決を勝ち抜くマッチプレーの記録だ。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    日本オープン、298打の優勝

    宮本留吉が合計298打で日本オープンを制した。アマチュアも参加できるオープン選手権で、日本プロや日本アマとは出場資格の枠組みが異なる。

  3. 年間

    日本プロは宮本留吉

    六実で宮本留吉が日本プロ選手権に優勝。大会は初めて関東へ移り、72ホールで行われた。

  4. 年間

    ハワイから来たアマチュアチーム

    JGAの招待でハワイのチームが来日し、日本側との国際対抗試合が行われた。日本アマチュアではキャプテンのF・H・I・ブラウンが優勝。国内選手権と国際交流が重なった年だった。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1929

宮本と安田、2打差の勝負。

6月8〜9日の日本オープンは茨木カンツリー倶楽部で行われた。宮本留吉は77・72・74・75の298打、安田幸吉は300打。17人が出場した大会で、宮本が初めて日本オープンを勝った。

改造されたミュアフィールドで、67打。

全英は17年ぶりにミュアフィールドへ戻った。ハリー・コルトによる大幅なコース改造を経た舞台で、ヘーゲンは第2ラウンドに67打。全英で初めて記録された、18ホールの67打だった。

最後は、6打差の4勝目。

ヘーゲンは75・67・75・75の292打で、ジョニー・ファレルの298打を6打上回った。全英連覇、通算4勝目。前年の全米王者ファレル、全米プロ王者レオ・ディーゲルが、その後ろに続いた。