1928年
浅見緑蔵が日本オープンを勝つ。ヘーゲンは全英3勝目。
マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。初代王者の赤星六郎に続き、日本オープンはプロの浅見緑蔵が制した。英国ではヘーゲンとサラゼンが、最後の36ホールで競う。
この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。
この年の主役と、賞金の記録
SEASON LEADERS米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。
米男子 · 全国選手権
1928年
全米オープン優勝
採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。
米女子 · アマチュア選手権
1928年
全米女子アマチュア優勝
LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。
日本男子 · 全国選手権
1928年
日本オープン優勝
日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。
日本女子 · 競技の背景
1928年
女子プロ賞金制度の成立前
倶楽部から競技が育つ時代
女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。
主要選手権の勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS女子の主要競技
- 年間
1928年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。
- 年間
- 年間
全英オープンはウォルター・ヘーゲン
ウォルター・ヘーゲンが全英オープンを制した。72ホールの合計は292打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。
- 年間
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全米女子アマはグレナ・コレット・ベア
グレナ・コレット・ベアが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。
- 道具
ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る
マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。
日本のゴルフ
選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。
- 年間
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婦人対抗戦も関東と関西をつなぐ
10月15日、程ヶ谷で東京と関西の婦人ゴルフ倶楽部が対戦し、東京が9対1で勝った。同じ年にプロが日本オープンを制する一方、倶楽部を軸にした女性たちの競技も続いていた。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1928駒沢で、浅見が7打差の優勝。
初代王者の赤星六郎に続く、第2回大会。第2回日本オープンは5月26〜27日、東京ゴルフ倶楽部の駒沢コースで行われた。参加14人のうち7人がアマチュア。浅見緑蔵は78・73・78・72の301打で、安田幸吉の308打を抑えた。
ヘーゲンは大敗の後、練習場へ。
全英前の72ホールのマッチで、ヘーゲンはアーチー・コンプストンに18&17の大差で敗れた。公式回顧は、その後に練習と準備へ集中したと伝える。前年王者のジョーンズは全英に出場しなかった。
72打を二つ。サラゼンに2打差。
全英の最終日、ヘーゲンは二つのラウンドをともに72打で回った。同じ位置から出たサラゼンは73打を二つ。ヘーゲン292打、サラゼン294打となり、1922年に続く同会場での優勝を決めた。