1912年
飛ばすレイ、最初から単独首位で全英を勝つ。
A.マクラーレンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。長くなったミュアフィールドで、テッド・レイが一度も首位を分け合わずに走った。同じジャージー島で育ったバードンを4打抑えた。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1912年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米男子 · オープン選手権
1912年
全米オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米女子 · アマチュア選手権
1912年
全米女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
日本男子 · アマチュア選手権
1912年
日本アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
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女子の主要選手権
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1912年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
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全英オープンはテッド・レイ
テッド・レイが全英を制した。本戦72ホールの合計は295打。舞台はミュアフィールド。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
- 年間
全米オープンはジョン・マクダーモット
ジョン・マクダーモットが本戦72ホールを294打で回り優勝。英国とは別に、米国のコースでもオープン選手権の歴史が積み重なっていく。
- 年間
全米アマチュアの頂点はジェローム・トラバース
ジェローム・トラバースが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。
- 年間
全英女子アマチュアはグラディス・レイベンズクロフト
グラディス・レイベンズクロフトがTurnberryで優勝。決勝結果は3&2。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
- 年間
全米女子アマチュアはマーガレット・カーティス
マーガレット・カーティスが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。
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- 道具
道具のアイコンは、A.マクラーレンのドライバー
A.マクラーレンのドライバー。1908〜10年頃と記録されたA.マクラーレンのドライバー。ホノルルの刻印がある館蔵品の実物写真。この年の新発売や日本での販売を示すものではない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の競技結果や、倶楽部での取り組みを読む。
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日本アマチュアはアルフレッド・ラッジ
NRCGA根岸コースでアルフレッド・ラッジが日本アマチュアを制した。記録は合計145打。全国のプロツアー賞金順位が成立する前、倶楽部を舞台にアマチュアの競技が育っていた。
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英国で覚えたゴルフを、六甲でも
英国留学中にゴルフを身につけた松平慶民が神戸へ入会した。倶楽部史に記されたハンディキャップは12。全国の賞金順位とは違う、初期の日本人プレーヤーの記録が残っている。
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東京にも事業の拠点を開く
ミズノの企業史では、この年に東京支店を開設したと記される。六甲や根岸で行われるゴルフ競技の歴史と並行して、国内のスポーツ用品の事業も大阪から広がっていった。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1912長いコースと、強打者。
ミュアフィールドは6,425ヤードへ伸びていた。飛距離で知られるテッド・レイは、最初の71打でジョージ・ダンカンに1打差の首位。続く73打で、ハリー・バードンへのリードを3打にした。
最後は75打。三巨頭の連勝を止める。
3ラウンド目は76打、最後は75打で合計295打。バードンが4打差、ジェームズ・ブレイドが8打差で続いた。それまで4大会続けて三巨頭が勝っていた全英で、レイが初優勝を挙げた。
1899年の先頭とは、少し違う。
72ホールになってから、全ラウンド終了時に単独首位だった最初の優勝者がレイ。1899年のバードンは首位タイを含む先頭だった。二人は翌年の全米で、ともにウィメットとの延長戦を迎える。
