ゴルフ史

1918年

駒沢で井上信が勝つ。日本アマ、初の日本人王者。

マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。日本アマが初めて東京ゴルフ倶楽部へ来た年。米国で腕を磨いた井上信が勝ち、上位には日本人が並んだ。

この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · 全国選手権

    1918年

    全米オープンは開催中止

    第一次世界大戦による休止

    全米王者や年間賞金首位を推測で補わない。競技の記録が途切れた理由も、この年の歴史として読む。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1918年

    全米女子アマは開催中止

    第一次世界大戦による休止

    LPGA創設前の時代。全国選手権もこの年は休止しており、優勝者や賞金額は記載しない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1918年

    井上信

    日本アマチュア優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1918年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

男子・後の四大大会の系譜

女子の主要競技

1918年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    全米オープンは戦争で休止

    第一次世界大戦の影響で全米オープンは開かれなかった。創設前の空欄とは異なり、すでにあった大会が開催されなかった年として記録する。

  2. 年間

    全英オープンは戦争で休止

    第一次世界大戦の影響で全英オープンは開かれなかった。全英の休止は1915〜1919年。米国の全国選手権とは空白の始まる年が異なる。

  3. 年間

    全米プロは戦争で休止

    第一次世界大戦の影響で全米プロは開かれなかった。創設前の空欄とは異なり、すでにあった大会が開催されなかった年として記録する。

  4. 年間

    USGAのアマチュア選手権も休止

    全米アマチュアと全米女子アマチュアも戦争の影響で休止。男女の全国選手権を同時に追うと、大会が開かれなかった年の広がりが見えてくる。

  5. 道具

    ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る

    マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアは井上信

    東京GC駒沢コースで井上信が日本アマチュアを制した。合計156打で優勝した。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    上位5人を日本人が占めた駒沢

    井上信に続き、川崎肇、大谷光明、高木喜寛、一色虎児が上位に入った。日本人が初出場した1916年から2年で優勝争いの顔ぶれが変化。東京ゴルフ倶楽部で初めて行われた日本アマチュアには、競技の広がりも刻まれている。

  3. 年間

    プロの全国大会が始まる前の日本

    日本プロの大会史の始まりは1926年、日本オープンは1927年。この年の日本を現在のツアー賞金表で見る代わりに、日本アマチュアの勝者と会場を並べると、競技が倶楽部から育った時代がわかる。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1918

神戸と根岸から、駒沢へ。

第12回日本アマは、初めて東京ゴルフ倶楽部で行われた。それまで神戸と根岸で争っていた選手権の舞台が、駒沢にも広がった。優勝した井上信は、商社員として米国にいた時期にゴルフを覚えた選手だった。

井上信に続き、上位も日本人が占める。

井上に続いたのは川崎肇、大谷光明、高木喜寛、一色虎児。JGAの回顧は、日本人が上位5人を占めたことを記す。1916年の初出場から2年、日本人が選手権の優勝争いを担うようになった。

米国では、16歳のジョーンズが募金試合へ。

全英とUSGAの選手権は、この年も休止した。米国では8月14日、16歳のボビー・ジョーンズらが赤十字支援の試合に出場。後に多くのタイトルを勝つ若者も、当時は募金のために各地を回っていた。