ゴルフ史

1897年

結果を待ちながらビリヤード。地元のヒルトンが勝つ。

R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。ロイヤル・リバプールで初めての全英。先に上がったアマチュア王者は、クラブハウスでビリヤードをしながら最後の組を待っていた。

この時代のドライバー

R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。

R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。

選手権を制した主役たち

SEASON LEADERS

確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1897年

    ハロルド・ヒルトン

    全英オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米男子 · オープン選手権

    1897年

    ジョー・ロイド

    全米オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 英国女子 · アマチュア選手権

    1897年

    E・C・オア

    全英女子アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1897年

    ビアトリクス・ホイト

    全米女子アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。

当時の主要選手権を見渡す

MAJOR CHAMPIONS

1897年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。

  1. 年間

    全英オープンはハロルド・ヒルトン

    アマチュアのハロルド・ヒルトンが全英を制した。本戦72ホールの合計は314打。舞台はロイヤル・リバプール。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。

  2. 年間

    全英アマチュアはA・J・T・アラン

    A・J・T・アランがMuirfieldで全英アマチュアを制した。決勝結果は4&2。ホールごとの勝敗を争うマッチプレーだった。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。

  3. 年間

    全米オープンはジョー・ロイド

    ジョー・ロイドが本戦36ホールを162打で回り優勝。初期3大会は36ホールで、1898年から72ホールへ延長される。

  4. 年間

    全米アマチュアの頂点はH・J・ウィガム

    H・J・ウィガムが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。

  5. 年間

    全英女子アマチュアはE・C・オア

    E・C・オアがGullaneで優勝。決勝結果は4&3。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。

  6. 年間

    全米女子アマチュアはビアトリクス・ホイト

    ビアトリクス・ホイトが全米女子アマチュアを制した。1896年からの大会はマッチプレー。全米女子オープンが始まる1946年より前から、女性たちが競う全国選手権は続いていた。

  7. 年間

    二度目の全英を勝ったアマチュア

    ハロルド・ヒルトンは1892年に続き、再び全英オープンを制した。会場は自身の地元ロイヤル・リバプール。アマチュア王者の強さは、一度だけの出来事ではなかった。

  8. 道具

    道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー

    R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。

日本のゴルフ

この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1897

    自分のクラブで、3打差を追って最終ラウンドへ。

    全英が初めてロイヤル・リバプールで開かれた。クラブの選手ハロルド・ヒルトンは、3ラウンドを終えてジェームズ・ブレイドに3打差。最後を75打で回り、合計314打を先に出した。

    ブレイドは最後に3打が必要だった。

    後から回ったブレイドは、最終ホールを3打で上がれば同点。よいアプローチを打ったが球はカップを通り過ぎ、戻すパットも入らなかった。315打となり、ヒルトンが1打差で勝った。

    待つ時間は、ビリヤードで。

    大会公式の回顧によれば、ヒルトンは待つ間の緊張を紛らわせるため、クラブハウスでビリヤードをしていたという。1892年に続く2勝目で、全英を2度勝った初めてのアマチュアとなった。