ゴルフ史

1949年

ロックの全英初優勝。養老のクラブづくりが動き出す。

ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。南アフリカのボビー・ロックが36ホールの延長戦を制す。日本ではミズノの養老工場でクラブの一貫生産が始まり、ゴルフの団体も再出発した。

この時代のドライバー

1936年登場、MIZUNO ミズノ トーナメントのドライバー実物写真。1949年の時代を振り返るアイコン。

1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1949年

    サム・スニード

    $31,593.83

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1949年

    LPGA発足前

    年間ツアー賞金王は置かない

    LPGAの発足は1950年。先行するWPGAや女子の選手権の歩みは、この年の話題と主要大会で読む。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1949年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1949年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。LPGA創設前の女子大会は遡及認定されたメジャーを含む。「アマ」は優勝当時のアマチュア資格を示す。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1949年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    サム・スニードのマスターズ

    サム・スニードがマスターズを合計282打で制した。

  2. 年間

    ケーリー・ミドルコフの全米オープン

    ケーリー・ミドルコフが全米オープンを合計286打で制した。

  3. 年間

    ボビー・ロックの全英オープン

    ボビー・ロックが全英オープンを合計283打で制した。本戦の同スコアから延長戦で勝負を決めた。

  4. 年間

    サム・スニードの全米プロ

    サム・スニードが全米プロに優勝。決勝は3 and 2で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。

  5. 年間
  6. 年間

    LPGAの発足前、女子選手たちの舞台

    女子には、タイトルホルダーズやウェスタンという先行する大会があった。LPGAが1950年に生まれる前の優勝も、後年の公式メジャー記録に残っている。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 休止

    日本オープンは再開前

    日本オープンの戦後再開は1950年。この年に優勝者や優勝賞金を置かず、競技が戻るまでの歩みをたどる。

  2. 年間

    林由郎、日本プロを制す

    林由郎が我孫子で行われた日本プロ選手権に優勝。2日間72ホールで293打。戦後最初の大会で、2位に2打差をつけた。

  3. 年間

    地域連盟と全国の選手権が戻る

    関東・関西のゴルフ連盟が再発足し、日本プロも再開した。ゴルフ場の復旧から、全国で競う仕組みの再建へ進む一年だった。

  4. 年間

    道具に残る、戦前からのつながり

    1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1949

ロック、南アフリカ勢初の全英王者。

ロックとハリー・ブラッドショーが283打で並び、翌日の36ホールの延長戦へ。ロックは67、68の135打、ブラッドショーは147打。12打差でロックが初優勝を挙げた。

割れた瓶の中に、ボールがある。

ブラッドショーは第2ラウンド、球が割れたビール瓶の中に入る出来事に遭った。近くに審判がいないまま、そのまま打って6打。全英の公式回顧は、当時の規則の文言に曖昧さがあったと伝える。

工場も、競技の運営も、次の時代へ。

ミズノの養老工場では、ゴルフクラブの一貫生産が始まった。日本では関西・関東の両連盟が再発足し、11月の総会で全国組織も日本ゴルフ連盟の名で復活。翌年の選手権開催を決めた。