1949年
ロックの全英初優勝。養老のクラブづくりが動き出す。
ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。南アフリカのボビー・ロックが36ホールの延長戦を制す。日本ではミズノの養老工場でクラブの一貫生産が始まり、ゴルフの団体も再出発した。
賞金王と、この年の競技の歩み
SEASON LEADERS世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。
米男子 · PGAの記録
1949年
$31,593.83
年間賞金首位(歴代記録)
公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。
米女子 · LPGA
1949年
LPGA発足前
年間ツアー賞金王は置かない
LPGAの発足は1950年。先行するWPGAや女子の選手権の歩みは、この年の話題と主要大会で読む。
日本男子 · ツアー制以前
1949年
現行ランキングの成立前
公式ツアー賞金王の対象外
現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。
日本女子 · 国内ツアー
1949年
ツアー賞金記録の成立前
歴代賞金女王表は1968年から
日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。
男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。LPGA創設前の女子大会は遡及認定されたメジャーを含む。「アマ」は優勝当時のアマチュア資格を示す。
メジャーの勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS女子の主要選手権
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1949年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。
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ケーリー・ミドルコフの全米オープン
ケーリー・ミドルコフが全米オープンを合計286打で制した。
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女子の主要タイトルを追う
全米女子オープンはルイーズ・サッグス。タイトルホルダーズ選手権はペギー・カーク・ベル(アマチュア)。女子ウェスタン・オープンはルイーズ・サッグス。
- 年間
LPGAの発足前、女子選手たちの舞台
女子には、タイトルホルダーズやウェスタンという先行する大会があった。LPGAが1950年に生まれる前の優勝も、後年の公式メジャー記録に残っている。
日本のゴルフ
全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。
- 休止
日本オープンは再開前
日本オープンの戦後再開は1950年。この年に優勝者や優勝賞金を置かず、競技が戻るまでの歩みをたどる。
- 年間
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地域連盟と全国の選手権が戻る
関東・関西のゴルフ連盟が再発足し、日本プロも再開した。ゴルフ場の復旧から、全国で競う仕組みの再建へ進む一年だった。
- 年間
道具に残る、戦前からのつながり
1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1949ロック、南アフリカ勢初の全英王者。
ロックとハリー・ブラッドショーが283打で並び、翌日の36ホールの延長戦へ。ロックは67、68の135打、ブラッドショーは147打。12打差でロックが初優勝を挙げた。
割れた瓶の中に、ボールがある。
ブラッドショーは第2ラウンド、球が割れたビール瓶の中に入る出来事に遭った。近くに審判がいないまま、そのまま打って6打。全英の公式回顧は、当時の規則の文言に曖昧さがあったと伝える。
工場も、競技の運営も、次の時代へ。
ミズノの養老工場では、ゴルフクラブの一貫生産が始まった。日本では関西・関東の両連盟が再発足し、11月の総会で全国組織も日本ゴルフ連盟の名で復活。翌年の選手権開催を決めた。
