ゴルフ史

1933年

73打を四つ。日本ではスターラインが登場。

ジーニー・ディーンズを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。セントアンドリュースでデニー・シュートが同じスコアを四度並べた年。日本ではミズノが最初の鍛造アイアン、スターラインを発売した。

この時代のドライバー

ジーニー・ディーンズは、ボビー・ジョーンズの1930年のグランドスラムにつながるドライバーの名。写真はLouisville Golfの現代の復刻品で、ジョーンズが使った現物ではない。原型はジャック・ホワイトのクラブ。

ジーニー・ディーンズは、ボビー・ジョーンズの1930年のグランドスラムにつながるドライバーの名。写真はLouisville Golfの現代の復刻品で、ジョーンズが使った現物ではない。原型はジャック・ホワイトのクラブ。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · 全国選手権

    1933年

    ジョニー・グッドマン

    全米オープン優勝

    採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。優勝者はアマチュア。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1933年

    バージニア・バン・ウィー

    全米女子アマチュア優勝

    LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1933年

    中村兼吉

    日本オープン優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1933年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1933年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    全米オープンはジョニー・グッドマン

    アマチュアのジョニー・グッドマンが全米オープンを制した。72ホールの合計は287打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  2. 年間

    全英オープンはデニー・シュート

    デニー・シュートが全英オープンを制した。72ホールの合計は292打。同スコアで並んだ後、プレーオフを勝ち切った。

  3. 年間

    全米プロはジーン・サラゼン

    ジーン・サラゼンが全米プロを制した。決勝の結果は5 and 4。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。

  4. 年間

    全米アマチュアにも、もう一人の王者

    ジョージ・T・ダンラップ・ジュニアが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。

  5. 年間

    全米女子アマはバージニア・バン・ウィー

    バージニア・バン・ウィーが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。

  6. 年間

    女子ウェスタン・オープンはジューン・ビービー

    ジューン・ビービーが女子ウェスタン・オープンを制した。優勝時点ではアマチュア。LPGA発足前に行われ、後にLPGAの歴代メジャー記録へ収められた大会。全米女子アマチュアと同じ大会ではない。

  7. 道具

    ジョーンズのドライバーには名前があった

    ジーニー・ディーンズという名前は、ボビー・ジョーンズが愛用ドライバーにつけたもの。ジャック・ホワイトの原型をもとにした現代の復刻品の写真で、その木製ヘッドとヒッコリーシャフトの姿を紹介する。原型の年代を示すもので、この年の新製品ではない。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアは鍋島直泰

    廣野GCで鍋島直泰が日本アマチュアを制した。決勝の結果は5 and 3。直接対決を勝ち抜くマッチプレーの記録だ。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    日本オープン、294打の優勝

    中村兼吉が合計294打で日本オープンを制した。アマチュアも参加できるオープン選手権で、日本プロや日本アマとは出場資格の枠組みが異なる。

  3. 年間

    日本プロはラリー・モンテス

    藤沢でラリー・モンテスが日本プロ選手権に優勝。前年に続く優勝で、大会初の連覇を達成した。

  4. 年間

    日本オープンは中村兼吉が制す

    中村兼吉が日本オープンを294打で制した。JGAの加盟倶楽部は23へ増加。日本プロではラリー・モンテスが連覇し、日本アマでは鍋島直泰が勝つなど、プロとアマの複数の選手権が並んでいた。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1933

73、73、73、73で、並ぶ。

デニー・シュートは4ラウンドすべてを73打で回り、合計292打。当時のオールドコースのパーに相当するスコアを重ね、クレイグ・ウッドと首位で並んだ。

翌日も、二ラウンドの勝負。

延長戦は36ホール。シュートは75、74の149打で回り、ウッドの154打を5打下回った。全英初出場で、4ラウンドに加えて、さらに36ホールを戦い抜いた優勝だった。

ミズノのクラブづくり、その最初の一本。

日本ではミズノがゴルフクラブ「スターライン」を発売。メーカーの年表では、同社最初の鍛造アイアンとされる。1906年の創業から27年後、クラブの製品名が歴史に登場する。