1947年
アイルランド勢初の全英王者。全米女子は打数の勝負へ。
ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。フレッド・デイリーが全英の新しい勝者になる。第2回全米女子オープンでは競技方式が変わり、前年準優勝のベティ・ジェイムソンが優勝した。
賞金王と、この年の競技の歩み
SEASON LEADERS世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。
米男子 · PGAの記録
1947年
$27,936.83
年間賞金首位(歴代記録)
公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。
米女子 · LPGA
1947年
LPGA発足前
年間ツアー賞金王は置かない
LPGAの発足は1950年。先行するWPGAや女子の選手権の歩みは、この年の話題と主要大会で読む。
日本男子 · ツアー制以前
1947年
現行ランキングの成立前
公式ツアー賞金王の対象外
現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。
日本女子 · 国内ツアー
1947年
ツアー賞金記録の成立前
歴代賞金女王表は1968年から
日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。
男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。LPGA創設前の女子大会は遡及認定されたメジャーを含む。「アマ」は優勝当時のアマチュア資格を示す。
メジャーの勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS女子の主要選手権
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1947年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。
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女子の主要タイトルを追う
全米女子オープンはベティ・ジェイムソン。タイトルホルダーズ選手権はベーブ・ディドリクソン・ザハリアス(アマチュア)。女子ウェスタン・オープンはルイーズ・サッグス(アマチュア)。
- 年間
LPGAの発足前、女子選手たちの舞台
女子には、タイトルホルダーズやウェスタンという先行する大会があった。LPGAが1950年に生まれる前の優勝も、後年の公式メジャー記録に残っている。
日本のゴルフ
全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。
- 休止
日本オープンは再開前
日本オープンの戦後再開は1950年。この年に優勝者や優勝賞金を置かず、競技が戻るまでの歩みをたどる。
- 休止
日本プロも、復活までの途上
戦前の最後の開催は1942年。日本プロが再び行われるのは1949年で、戦時中と戦後復興の空白を挟んでいる。
- 年間
月例競技から、次の全国大会へ
関東では月例競技が復活した。全国選手権の優勝者一覧には残らない段階にも、競技へ戻るための足場づくりがあった。
- 年間
道具に残る、戦前からのつながり
1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1947ポートラッシュ出身の選手が、勝つ。
北アイルランドのポートラッシュ出身、フレッド・デイリーが全英を制した。アイルランド勢として初めての優勝。合計293打で、レグ・ホーンとアマチュアのフランク・ストラナハンを1打差でかわした。
78打の後に、最後は72打。
前半36ホールでは4打のリードがあったデイリーも、第3ラウンドの78打で追い込まれた。最終ラウンドは72打。最後の長いバーディーパットが、僅差の優勝を支えた。
相手より何打少なく回るか。
第2回全米女子は、ホールごとの勝敗から合計打数を競うストロークプレーへ変わった。前年の決勝でバーグに敗れたベティ・ジェイムソンが、今回は72ホールを295打で回り優勝した。
