ゴルフ史

1937年

雨のカーヌスティ。コットンが26パットで勝つ。

ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、米男子の賞金首位と、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。冷たい雨に打たれた全英最終日。ヘンリー・コットンは最終ラウンドを71打、26パットでまとめ、3年ぶりにクラレット・ジャグを取り戻した。

この時代のドライバー

1936年登場のミズノ トーナメント。メーカーの年表に残る実物写真を、この時代のドライバーのアイコンにした。この年の新発売や、戦時中も生産・販売が継続したことを示すものではない。

1936年登場のミズノ トーナメント。メーカーの年表に残る実物写真を、この時代のドライバーのアイコンにした。この年の新発売や、戦時中も生産・販売が継続したことを示すものではない。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · PGAの賞金記録

    1937年

    ハリー・クーパー

    $14,138.69

    年間賞金首位(歴代記録)

    PGA TOUR公式ガイドの年間賞金首位。1大会の優勝賞金や後年のボーナスとは分けて掲載する。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1937年

    エステル・ローソン・ペイジ

    全米女子アマチュア優勝

    LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1937年

    陳清水

    日本オープン優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1937年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1937年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    マスターズはバイロン・ネルソン

    バイロン・ネルソンがマスターズを制した。72ホールの合計は283打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  2. 年間

    全米オープンはラルフ・ガルダール

    ラルフ・ガルダールが全米オープンを制した。72ホールの合計は281打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  3. 年間

    全英オープンはヘンリー・コットン

    ヘンリー・コットンが全英オープンを制した。72ホールの合計は290打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  4. 年間

    全米プロはデニー・シュート

    デニー・シュートが全米プロを制した。決勝の結果は1-up。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。

  5. 年間

    全米アマチュアにも、もう一人の王者

    ジョニー・グッドマンが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。

  6. 年間

    全米女子アマはエステル・ローソン・ペイジ

    エステル・ローソン・ペイジが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。

  7. 年間

    女子ウェスタン・オープンはヘレン・ヒックス

    ヘレン・ヒックスが女子ウェスタン・オープンを制した。LPGA発足前に行われ、後にLPGAの歴代メジャー記録へ収められた大会。全米女子アマチュアと同じ大会ではない。

  8. 年間

    タイトルホルダーズ選手権はパティ・バーグ

    パティ・バーグがタイトルホルダーズ選手権を制した。優勝時点ではアマチュア。LPGA発足前に行われ、後にLPGAの歴代メジャー記録へ収められた大会。全米女子アマチュアと同じ大会ではない。

  9. 年間

    賞金首位は、メジャー優勝とは別の称号

    ハリー・クーパーが年間賞金首位で、公式ガイドの記録は$14,138.69。メジャーを勝った顔ぶれと並べると、1大会の強さと年間を通じた成績の違いも見えてくる。

  10. 道具

    国産の木製ドライバーが育った時代

    1936年に登場したミズノ トーナメントを、メーカーの年表に残る実物写真で振り返る。現代の大型チタンヘッドよりずっと前の木製ヘッドだ。写真のモデルの登場年と、いま読んでいる年を区別して眺めたい。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアは佐藤儀一

    廣野GCで佐藤儀一が日本アマチュアを制した。決勝の結果は6 and 4。直接対決を勝ち抜くマッチプレーの記録だ。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    日本オープン、284打の優勝

    陳清水が合計284打で日本オープンを制した。アマチュアも参加できるオープン選手権で、日本プロや日本アマとは出場資格の枠組みが異なる。

  3. 年間

    日本プロは上堅岩一

    鷹之台で上堅岩一が日本プロ選手権に優勝。秋雨と風の中の決勝で、陳清水との接戦を制した。

  4. 年間

    サラゼンを迎え、観客が集まる

    JGAなどがジーン・サラゼンを招き、東京ゴルフ倶楽部の朝霞コースと茨木で模範競技を開いた。両コースの観客は計1,700人。同年、組織の日本語名も日本ゴルフ協会へ改められた。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1937

カーヌスティで、再び全英。

1931年以来となるカーヌスティの全英には、米国の有力選手も集まった。コットンは74、72、73打。最後は雨と寒さのなか、先行する選手を追いかけた。

71打、そのうちパットは26回。

最終ラウンドのコットンは26パットで71打を記録。合計290打を掲示した。濡れたグリップなどに苦しむ選手が出るなか、グリーン上の少ない打数が優勝を支えた。

1934年の65とは、違う勝ち方。

レグ・ウィットコムは最終ラウンドを76打で回り、292打で2位。コットンが2打差で勝った。1934年の大会では65打が象徴になったが、二つ目の優勝は厳しい天候をしのいだ71打だった。