ゴルフ史

1961年

茂みからの6番アイアン。パーマーが全英を勝つ。

マスターフラッグを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。嵐のバークデールで、アーノルド・パーマーが初めて全英を制した。象徴となったのは、深いラフから放った6番アイアン。日本の招待大会では、優勝副賞に車が登場する。

この時代のドライバー

1958年登場、MIZUNO マスターフラッグのドライバー実物写真。1961年の時代を振り返るアイコン。

1958年登場のマスターフラッグ。ゴールドメダルに続く国産クラブの歩みを、実物写真からたどる。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1961年

    ゲーリー・プレーヤー

    $64,540.45

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1961年

    ミッキー・ライト

    $22,236

    年間賞金ランキング 1位

    米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1961年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1961年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1961年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    ゲーリー・プレーヤーのマスターズ

    ゲーリー・プレーヤーがマスターズを合計280打で制した。

  2. 年間

    ジーン・リトラーの全米オープン

    ジーン・リトラーが全米オープンを合計281打で制した。

  3. 年間

    アーノルド・パーマーの全英オープン

    アーノルド・パーマーが全英オープンを合計284打で制した。

  4. 年間

    ジェリー・バーバーの全米プロ

    ジェリー・バーバーが全米プロを合計277打で制した。本戦の同スコアから延長戦で勝負を決めた。

  5. 年間
  6. 年間

    ミッキー・ライトの複数メジャー制覇

    ミッキー・ライトがこの年のメジャー3勝。大会一覧に同じ名前が重なるほど、女子の主要タイトルで存在感を示した。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 年間

    細石憲二の日本オープン

    細石憲二が日本オープンに優勝。合計289打で全国タイトルを獲得した。

  2. 年間

    林由郎、日本プロを制す

    林由郎が古賀で行われた日本プロ選手権に優勝。国内の賞金争いとは別に、全国のプロが競う選手権の勝者として名前が残る。

  3. 年間

    日本アマチュアは石本喜義

    石本喜義が大洗GCの日本アマチュアを制した。決勝は4 and 3。当時のマッチプレーでの勝利だった。

  4. 年間

    日本女子アマチュアの勝者

    鈴木信子が廣野GCで優勝。記録されたスコアは255(+39)。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1961

嵐で、一日延びた決着。

雨と夜の嵐で金曜日の二ラウンドが延期された。土曜朝、パーマーは69打で首位へ。午後は72打、合計284打でダイ・リースを1打差でかわした。前年の2位から、一つ上へ進んだ。

当時の15番で、思い切って振る。

最終ラウンド、茂みの根元の深いラフから6番アイアンを振り抜いた。球は140ヤード先のグリーンへ。当時の15番は現在の16番で、この一打がパーマーの攻める姿を伝えている。

日本の優勝副賞に、自動車。

クラウンズの前身となる招待大会の第2回は、石井朝夫が優勝した。主催者の年表には、この年に優勝副賞として初めて乗用車を贈ったとある。車種はトヨタ・パブリカだった。