ゴルフ史

1960年

パーマーが追い上げる。日本にも新しい大会。

マスターフラッグを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。全米では7打差をひっくり返し、全英では1打届かなかったアーノルド・パーマー。日本では現在の中日クラウンズにつながる招待大会が始まり、中村寅吉が初代王者になった。

この時代のドライバー

1958年登場、MIZUNO マスターフラッグのドライバー実物写真。1960年の時代を振り返るアイコン。

1958年登場のマスターフラッグ。ゴールドメダルに続く国産クラブの歩みを、実物写真からたどる。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1960年

    アーノルド・パーマー

    $75,262.85

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1960年

    ルイーズ・サッグス

    $16,892

    年間賞金ランキング 1位

    米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1960年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1960年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1960年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    アーノルド・パーマーのマスターズ

    アーノルド・パーマーがマスターズを合計282打で制した。

  2. 年間

    アーノルド・パーマーの全米オープン

    アーノルド・パーマーが全米オープンを合計280打で制した。

  3. 年間

    ケル・ネーグルの全英オープン

    ケル・ネーグルが全英オープンを合計278打で制した。

  4. 年間

    ジェイ・ヒーバートの全米プロ

    ジェイ・ヒーバートが全米プロを合計281打で制した。

  5. 年間
  6. 年間

    シーズンを通じた賞金の頂点

    アーノルド・パーマーが米男子の年間首位、ルイーズ・サッグスが米女子の賞金首位。メジャー一大会の勝者と、シーズン全体で積み上げた成績を並べて振り返る。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 年間

    小針春芳の日本オープン

    小針春芳が日本オープンに優勝。合計294打で全国タイトルを獲得した。陳清波のスコア誤記による失格も、公式回顧に記されている。

  2. 年間

    棚網良平、日本プロを制す

    棚網良平が大洗で行われた日本プロ選手権に優勝。決勝のマッチプレーを1アップで勝ち切った。

  3. 年間

    日本アマチュアは田中誠

    田中誠が愛知CCの日本アマチュアを制した。決勝は1UP。当時のマッチプレーでの勝利だった。

  4. 年間

    日本女子アマチュアの勝者

    横河初子が千葉CC野田Cで優勝。記録されたスコアは264(+45)。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1960

7打差を、一ラウンドで逆転する。

チェリーヒルズの全米オープンで、パーマーは最終ラウンド65打。7打差を逆転し、280打で優勝した。2打差の2位には、まだアマチュアだったジャック・ニクラウスが入った。

100周年の全英では、1打届かない。

マスターズと全米を勝ったパーマーが、初めて全英へ来た。現代の四大大会の年間制覇を目指したが、278打のケル・ネーグルに1打届かず2位。翌年へ続く挑戦が始まった。

中村寅吉が、新しい大会の初代王者に。

日本では中部日本招待全日本アマ・プロ・ゴルフ選手権大会が始まり、中村寅吉が優勝。現在の中日クラウンズにつながる第1回だ。「中日クラウンズ」への名称変更は1966年で、この年の名前とは分けて辿れる。