1953年
一度だけの全英で、ホーガンが三冠をそろえる。
ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。マスターズと全米を勝ったベン・ホーガンが、カーヌスティへ。唯一の全英出場で優勝し、年間メジャー三勝と生涯グランドスラムを達成した。
賞金王と、この年の競技の歩み
SEASON LEADERS世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。
米男子 · PGAの記録
1953年
$34,002.00
年間賞金首位(歴代記録)
公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。
米女子 · LPGA
1953年
$19,816
年間賞金ランキング 1位
米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。
日本男子 · ツアー制以前
1953年
現行ランキングの成立前
公式ツアー賞金王の対象外
現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。
日本女子 · 国内ツアー
1953年
ツアー賞金記録の成立前
歴代賞金女王表は1968年から
日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。
男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。
メジャーの勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS1953年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。
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ウォルター・バークモの全米プロ
ウォルター・バークモが全米プロに優勝。決勝は2 and 1で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。
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女子の主要タイトルを追う
全米女子オープンはベッツィー・ロールズ。タイトルホルダーズ選手権はパティ・バーグ。女子ウェスタン・オープンはルイーズ・サッグス。
- 年間
日本のゴルフ
全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。
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全日本女子ゴルフ競技大会の勝者
阿座上秋子が相模CCで優勝。決勝は5 and 4のマッチプレーだった。全日本女子ゴルフ競技大会として開催された時代。1959年からJGA主催の日本女子アマチュアとなる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1953小さな英国球にも、慣れておく。
ホーガンは大会の一週間前に到着し、コースと当時英国で使われた小さなボールに慣れる準備をした。すでに二つのメジャーを勝っていたが、ほかの選手と同じように予選を通過して本戦へ進んだ。
73、71、70、68。少しずつ、強く。
初日は73打。そこから71、70、68と毎ラウンド数字を縮め、合計282打で勝った。トムソン、リース、セルダ、アマチュアのストラナハンの2位グループとは4打差だった。
年間三勝と、生涯四冠。
この年のベン・ホーガンは、マスターズ、全米オープン、全英オープンで優勝した。全米プロは1946年にすでに勝っており、1953年の全英で生涯グランドスラムが完成。一年で三つのメジャーを制した年に、生涯で四大会をそろえる節目も迎えた。全英への出場は生涯この一回だけだった。
