ゴルフ史

1952年

クラブが車の中に。ロック、三つ目の全英。

ミズノ トーナメントを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。最終日の朝、ロックのクラブは鍵のかかったガレージの車内にあった。取り出してスタートに間に合うと、全英3勝目をつかんだ。

この時代のドライバー

1936年登場、MIZUNO ミズノ トーナメントのドライバー実物写真。1952年の時代を振り返るアイコン。

1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1952年

    ジュリアス・ボロス

    $37,032.97

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1952年

    ベッツィー・ロールズ

    $14,505

    年間賞金ランキング 1位

    米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1952年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1952年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1952年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    サム・スニードのマスターズ

    サム・スニードがマスターズを合計286打で制した。

  2. 年間

    ジュリアス・ボロスの全米オープン

    ジュリアス・ボロスが全米オープンを合計281打で制した。

  3. 年間

    ボビー・ロックの全英オープン

    ボビー・ロックが全英オープンを合計287打で制した。

  4. 年間

    ジム・ターネサの全米プロ

    ジム・ターネサが全米プロに優勝。決勝は1-upで決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。

  5. 年間
  6. 年間

    シーズンを通じた賞金の頂点

    ジュリアス・ボロスが米男子の年間首位、ベッツィー・ロールズが米女子の賞金首位。メジャー一大会の勝者と、シーズン全体で積み上げた成績を並べて振り返る。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 年間

    中村寅吉の日本オープン

    中村寅吉が日本オープンに優勝。合計279打で全国タイトルを獲得した。

  2. 年間

    井上清次、日本プロを制す

    井上清次が相模で行われた日本プロ選手権に優勝。国内の賞金争いとは別に、全国のプロが競う選手権の勝者として名前が残る。

  3. 年間

    日本アマチュアは芝本順三

    芝本順三が廣野GCの日本アマチュアを制した。決勝は1UP。当時のマッチプレーでの勝利だった。

  4. 年間

    道具に残る、戦前からのつながり

    1936年登場のミズノ トーナメント。戦前に作られた木製ヘッドを、この時代の道具のアイコンとして選んだ。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1952

最後の朝に、クラブがない。

大会公式の回顧によると、ロックのクラブは車のトランクの中。車を預けたガレージの鍵が必要になり、牛乳配達人の助けでなんとか取り出した。優勝を争う朝は、そんな騒ぎから始まった。

先頭のデーリーを、追い越す。

36ホールではフレッド・デーリーに4打差をつけられていた。ロックは最後の二ラウンドを74、73でまとめて287打。デーリーは77、76と崩れ、トムソンが1打差の2位に入った。

連覇ではなく、四年で三勝。

ロックの全英優勝は1949年、1950年に続く三度目。1951年にはフォークナーが勝っており、三連覇ではない。一方のトムソンは、1951年の初出場6位に続く躍進だった。