1957年
霞ヶ関で、日本代表が世界に勝った。
ゴールドメダルを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。中村寅吉と小野光一が、カナダカップの団体戦を制した。スニードらを擁する米国に9打差。中村は個人戦も勝ち、日本のゴルフ史に残る秋となった。
賞金王と、この年の競技の歩み
SEASON LEADERS世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。
米男子 · PGAの記録
1957年
$65,835.00
年間賞金首位(歴代記録)
公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。
米女子 · LPGA
1957年
$16,272
年間賞金ランキング 1位
米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。
日本男子 · ツアー制以前
1957年
現行ランキングの成立前
公式ツアー賞金王の対象外
現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。
日本女子 · 国内ツアー
1957年
ツアー賞金記録の成立前
歴代賞金女王表は1968年から
日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。
男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。
メジャーの勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS1957年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。
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ライオネル・ヒーバートの全米プロ
ライオネル・ヒーバートが全米プロに優勝。決勝は2 and 1で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。
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女子の主要タイトルを追う
全米女子オープンはベッツィー・ロールズ。全米女子プロはルイーズ・サッグス。タイトルホルダーズ選手権はパティ・バーグ。女子ウェスタン・オープンはパティ・バーグ。
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日本のゴルフ
全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。
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全日本女子ゴルフ選手権大会の勝者
小坂旦子が鷹之台CCで優勝。記録されたスコアは273。全日本女子ゴルフ選手権大会として開催された時代。1959年からJGA主催の日本女子アマチュアとなる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1957世界の代表が、霞ヶ関へ。
のちにワールドカップとなるカナダカップ。第5回は10月24〜27日、霞ヶ関カンツリー倶楽部東コースで開かれた。日本代表は中村寅吉と小野光一。二人の合計打数で団体の勝負が決まる。
スニードのいる米国に、9打差。
中村が274打、小野が283打で、団体合計557打。サム・スニードとジミー・ディマレーの米国は566打だった。日本は9打差で優勝し、中村は個人戦でも頂点に立った。
全英では、ロックが流れを止める。
セントアンドリュースの全英は、ロックが279打で四度目の優勝。三連覇中のトムソンを3打差で破った。最終日の組合せを上位選手が最後に出る形にし、BBCが終盤を初めて生中継した大会でもある。
