ゴルフ史

1955年

ホーガンのアイアンで、ホーガンに勝った。

ゴールドメダルを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。ジャック・フレックが、ホーガンの会社のアイアンで本人を破った。全英ではトムソンが連覇し、BBCのテレビ中継が始まった。

この時代のドライバー

1954年登場、MIZUNO ゴールドメダルのドライバー実物写真。1955年の時代を振り返るアイコン。

1954年登場のゴールドメダル。黒いヘッドと赤いマークが印象的な、木製ドライバーの一本。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1955年

    ジュリアス・ボロス

    $63,121.55

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1955年

    パティ・バーグ

    $16,492

    年間賞金ランキング 1位

    米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1955年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1955年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1955年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    ケーリー・ミドルコフのマスターズ

    ケーリー・ミドルコフがマスターズを合計279打で制した。

  2. 年間

    ジャック・フレックの全米オープン

    ジャック・フレックが全米オープンを合計287打で制した。本戦の同スコアから延長戦で勝負を決めた。

  3. 年間

    ピーター・トムソンの全英オープン

    ピーター・トムソンが全英オープンを合計281打で制した。

  4. 年間

    ダグ・フォードの全米プロ

    ダグ・フォードが全米プロに優勝。決勝は4 and 3で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。

  5. 年間
  6. 年間

    シーズンを通じた賞金の頂点

    ジュリアス・ボロスが米男子の年間首位、パティ・バーグが米女子の賞金首位。メジャー一大会の勝者と、シーズン全体で積み上げた成績を並べて振り返る。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 年間

    小野光一の日本オープン

    小野光一が日本オープンに優勝。合計291打で全国タイトルを獲得した。

  2. 年間

    小野光一、日本プロを制す

    小野光一が相模で行われた日本プロ選手権に優勝。国内の賞金争いとは別に、全国のプロが競う選手権の勝者として名前が残る。

  3. 年間

    日本アマチュアは三好徳行

    三好徳行が東京GCの日本アマチュアを制した。決勝は3 and 2。当時のマッチプレーでの勝利だった。

  4. 年間

    全日本女子ゴルフ選手権大会の勝者

    伊沢鈴子が我孫子GCで優勝。記録されたスコアは268。全日本女子ゴルフ選手権大会として開催された時代。1959年からJGA主催の日本女子アマチュアとなる。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1955

憧れの相手に、追いつく。

オリンピッククラブの全米で、ジャック・フレックは最終ラウンドの3打差を追いつき、ホーガンと287打で並んだ。勝負は翌日の18ホールへ。フレックが69、ホーガンが72で、3打差の決着となった。

そのアイアンを作ったのは。

USGAの回顧が伝えるのは、フレックがホーガンの会社のアイアンを使っていたこと。相手の名を冠した道具で、本人を破った。

全英の最後の一部が、テレビに映る。

セントアンドリュースではトムソンが281打で連覇。全英で初めてBBCのテレビ中継が入り、最終ラウンドの一部を放送した。優勝賞金は1,000ポンドとなり、初めて四桁に届いた。